日本最大級のハニワ工場|高槻市 新池埴輪製作遺跡ハニワ工場公園

写真

地元高槻市の史跡をご紹介します。

行った日:2019年12月14日(土)

史跡今城塚古墳附 新池埴輪製作遺跡 ハニワ工場公園

ハニワ(埴輪)とは、素焼きの焼き物で、古墳時代に古墳の上に並べて置かれたものですね。

史跡:新池埴輪製作遺跡
史跡指定:1991年7月20日
所在地:高槻市上土室1丁目
指定面積:4,163.99㎡

今城塚古墳のハニワをつくった工場。

ここ新池遺跡は、継体大王の墓とされる今城塚古墳のハニワをつくった工場の跡です。発掘調査では、丘陵一帯約3万㎡にひろがる日本最古で最大級のハニワ工場の様子が明らかになりました。

この工場が活躍したのは、いまからおよそ1500年前。ハニワを焼く窯(かま)18基と工房(作業場)3棟、それにハニワ工人(職人)たちの住居までととのっていました。

ここは、日本最大のハニワ工場だった

この工場は、3時期およそ100年間にわたって、断続的に操業していました。工場のはじまりは西暦450年ごろ。太田茶臼山古墳(茨木市)のために、窯3基(A群)と工房3棟、住居7棟でハニワづくりが行われていました。このときは窯1基と工房1棟を一つのチームが運営し、3チームが同時に操業していました。

ついで480年ごろ、あらたに窯5基(B群)と住居7棟がいとなまれ、番山古墳などのハニワを焼いています。

530年ごろになると、今城塚古墳のために10基の窯(C群)がつくられ、生産はピークをむかえます。工房は5棟、住居兼用のものがわかっています。そして大型の前方後円墳を築かなくなった550年ごろ、ハニワづくりも終わりました。

A群窯の復元

1号窯と2号窯は、ハニワを焼いているところを復元しています。3号窯では、発掘調査中の様子が再現されています。

斜面を利用して窯をつくっています。A群の窯は斜面に溝を掘り粘土でドームをかけてあります。

1号窯、2号窯の上側(排煙部分)です。

3号窯は発掘調査中です。

作業場

カヤと杉皮で屋根をふき、土間には粘土入れも再現してあります。高さは約7mあります。

1500年前は、それぞれ20人近くのハニワ工人らが忙しく働いていたことでしょう。

窯は18基あり、残りの窯の跡は、このようになっています。

ハニワ群

マンガと解説、それに20種類のハニワをならべたプロムナード。

【武人】

【円筒】

 

ハニワ工場館

今城塚古墳のハニワを焼いた、新池遺跡最大級の18号窯(C群、530年ごろ)を当時のまま展示しています。

館内では、古墳やハニワのビデオも上映しています。

ハニワ工場館の内部。

まとめ

ハニワ工場は全国約90か所でみつかっています。しかし大王のためのハニワ工場のようすがあきらかになっているのは、ここだけです。そこで、かけがえのない新池遺跡を楽しく見学するために-いこいの場-ハニワ工場公園-にしたそうです。

周りはマンション群があり、小さいですが遊具もあり、近くの子供たちの遊び場ともなっています。


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