華厳宗|有名な大仏は宇宙全体を照らす

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南都六宗の一つである華厳宗の紹介をします。

華厳宗とは

宗祖/良弁(ろうべん)

日本伝来/736年頃

主な経典/『華厳経』

本尊/廬舎那仏

大本山/東大寺(奈良市)

特徴/奈良時代に栄えた仏教学派のひとつ。奈良の大仏を本尊とする。「一のなかにすべてが含まれ、すべてのなかに一が含まれる」という無尽縁起の教理を説いている。

 

ブッタ(お釈迦様)の最初の教え

法相宗と同じく、華厳宗も奈良時代に日本へ伝わった南都六宗のひとつです。東大寺が大本山で、そこに祀られている「奈良の大仏」こと盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)を本尊としています。

華厳宗は『華厳経』を拠り所にしている宗派です。『華厳経』は今から2千年以上も前、インドのゴータマ・シッダールタ王子(お釈迦様)が悟りを開き、ブッタになった後、最初に説いたものといわれています。そのため、お釈迦様が悟りに至った教義がありのままの形で書かれていると考えられ、この経典をもとに華厳宗が成立しました。

始祖は唐時代の僧、杜順(とじゅん)。人々の病気を治したり、気性の荒い牛に声をかけるだけでおとなしくさせたりと、不思議な力があったそうです。そのため、文殊菩薩の生まれ変わりともいわれています。その後、法蔵という僧によって大成されました。

華厳宗が拠り所としている『華厳経』が日本に伝わったのは736年。経典が伝わったのはいいが、その教義内容は非常に難解で、日本の僧だけで理解するのは困難だった。
転機が訪れたのは、その4年後の740年。新羅の僧の審祥(しんじょう)が『華厳経』の内容を講じるために東大寺にやってきました。これが日本における華厳宗のはじまりとされています。この審祥から教えを受けたのが、日本の僧の良弁です。『華厳経』を学んだ良弁は、日本の華厳宗の確立に尽力した。そのため良弁が日本における始祖となっています。

一の中にすべてがあり、すべてのなかに一がある

『華厳経』とはじつは略称で、正式名称は『大方広仏華厳経』(だいほうこうぶつけごんきょう)といいます。大方広とは、大きく、方(ただ)しく、広い真理を意味する。『華厳経』の「華」はいろいろな花を意味し、「厳」は荘厳(美しく飾る)という意味がある。つまり『大方広仏華厳経』とは、「大方広の真理の華で美しく飾られた経典」となるわけです。

華厳宗の基本教理は「一則多、多則一」。ここでいう「一」は、一微塵(非常に小さいもの。転じて、きわめてわずかな物事)を示す。そして「多」はすべてのものを示す。
ようするに「一微塵とはすべてのものであり、すべてのものは一微塵である」といっています。
この真理を人間でたとえてみると、体全体を「多」、細胞を「一」とするなら、細胞は体全体のことであり、体全体とは細胞のことである。両者は相反する性格のように見えるが、「多」のなかに「一」が含まれているように、「一」のなかにも「多」が含まれている。永遠の時間のなかに一瞬が含まれているなら、一瞬のなかにも永遠の時間が含まれている。そして一微塵のなかに全世界が反映されており、全世界は一微塵に反映されている。こうして万物は調和がとれているという考え方を「無尽縁起」といい、それが『華厳経』の根本理念なのです。

この考え方を表しているのが、本尊の盧舎那仏です。盧舎那仏は宇宙の本源、真理そのものであり、また宇宙は盧舎那仏そのものだとされています。「毘盧遮那」(びるしゃな)とはサスクリット語「ヴァイローチャナ」の音訳であり、その意味は「世界のすみずみまで光を照らす」となっています。盧舎那仏が放つ光は時間と空間を超えて、迷っているすべての人々を照らし、悟りの世界へ導くものといわれています。

こうして奈良時代に伝えられた華厳宗ですが、理解が難しいですよね。このように独特の教学体系が哲学的であったために、その後は思うように庶民へ浸透せず一時的に勢いが衰えてしまいました。

華厳宗の本尊である廬舎那仏を祀ってみませんか?

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