臨済宗妙心寺派大本山/正法山妙心寺(京都府)

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旅行・観光

臨済宗妙心寺派大本山の妙心寺に行きました。臨済宗は、以前紹介した天龍寺と同じ宗派ですね。臨済宗といえば、禅宗が有名です。

行った日:2019年10月5日(土)

臨済宗妙心寺派大本山 正法山 妙心寺(京都府)

アクセス

JR京都駅から JR嵯峨野線「花園駅」下車 → 南門まで徒歩5分

阪急西院駅から 市バス91系統「妙心寺前」下車 → 南門まで徒歩4分

JR「花園駅」から南門まで歩きます。
交差点『妙心寺前』を左に沿って行きます。

すると、『南総門』(最初の写真)がみえます。
その左手には、閉鎖されている『勅使門』があります。

勅使門』は桃山時代の建立で、平生は閉じられていますが、妙心寺住持の入山・晋山時に新住職はこの門より入られるそうです。

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妙心寺は「西の御所」と称された日本最大の禅寺

伽藍(寺院の建築物を意味する言葉)の広さはじつに10万坪、東京ドームの敷地総面積の7倍以上もあり、その広大さには圧倒されます。

 妙心寺境内全景を見てください。広大な広さがわかると思います。

開山は南北朝の騒乱が始まったばかりの1337年。学識豊かな人物であった花園法皇が、大徳寺を開山した宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)のもとで禅を学び、みずからの離宮の禅寺とした。これを宗峰妙超が正法山妙心寺と命名、さらに清貧(貧しく生活が質素)で知られる禅僧・無想大師こと関山慧玄(かんざんえげん)を初代の住職に推挙して招いた。

その後は波乱の運命をたどる。室町幕府と大内氏が衝突した1399年の応永の乱ののち、妙心寺は住職と大内氏との密接な関係のため足利義満によって没収され、一時的に天台宗の寺院にされてしまった。1432年には臨済宗のもとに返還され、日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)が復興に当たるが、応仁の乱で焼失、その後、細川氏の支援を受けて再建された。

このため、中世の南宋風の建築様式をを反映しつつ、建物自体は桃山時代・江戸時代に建立されたものが多い。境内は南を正面として、北へと三門、仏殿、法堂、寝堂などが連なる禅宗寺院の典型的な配置となっています。

三門(重要文化財)

三門では観世音菩薩像と梁に描かれた壮大な龍の天井画が圧巻です。

 

慶長4年の建立。朱塗りの建物です。三門には、空・無想・無作という禅の境地による解説の意味が託されたいます。(非公開)

仏殿(重要文化財)

江戸時代の建立です。妙心寺の本堂で本尊さまにお釈迦様を祀ります。この釈迦像は蓮華を拈じるお姿をされているそうです。

 



仏殿では、毎朝の勤行の他、お釈迦さまの三仏忌となる降誕会・成道会、涅槃会が勤められています。

正面には「祈祷」と書かれた扁額が掲げられます。

禅とは、謙虚で祈りのある敬虔な心にほかありません。

法堂(はっとう)(重要文化財)

江戸時代の建立です。今でいう多目的ホールです。仏像は安置されず、住持による法座や座禅が行われています。

 

浴室(重要文化財)

浴室は、明智光秀の叔父・密宗和尚が、光秀を追善するため江戸時代に造成したもので明智風呂と呼ばれているが、残念ながら現在は入浴できません。

大方丈(重要文化財)

江戸時代の建立で、仏事行事を務める際、出頭される和尚さんの控えの間、食事の場となる大広間です。

 

妙心寺 団体参拝課

拝観場所:法堂(天井の雲龍図・国宝の梵鐘)、大庫裏が拝観できます。

拝観受付は、大方丈の入り口にあります。拝観時間が決まっています。

聖澤院(しょうたくいん)

聖澤派の本庵です。

東陽禅師は美濃の生まれです。天蔭禅師は東陽英朝禅師の弟子にあたります。

東陽英朝の禅の流れを嗣ぐ江戸時代の禅僧に「臨済宗中興の祖」と仰がれる白隠慧鶴禅師がおられます。
白隠禅師は仮名法語を多く残し、民衆の禅教化に尽力されました。「才は東陽」と讃えられています。

経蔵

江戸時代の建立で、『一切経』が中央の八角の輪蔵に納められています。

 

開山堂

室町時代の建立で、微笑塔と呼ばれています。妙心寺山内で最も古い建物で、妙心寺の開山、無想大師を祀るお堂です。

 

退蔵院庭園

 

越前の豪族波多野出雲守が、妙心寺第三世無因禅師を開山として、応永11年(1404)に創建したものです。

方丈の庭園は、狩野元信の作として世に知られ、室町時代を代表する枯山水庭園で、三尊石・亀石などの配置には雅味が漂います。
また、南庭は余香苑と名づけられ、巨岩の間より流れ落ちる竜王の滝は、深山の大滝をみる風情です。
寺宝の瓢鮎図(国宝)は我が国水墨画の祖とされる如拙の筆で、室町時代の代表作といわれる貴重な作品です。

拝観料:一般600円(高校生含む)と御朱印(300円)を授かりました。

中に入っていきます。

観世音菩薩
「観音様」の名前で親しまれ、その慈悲心によって私たちをあらゆる悩みや苦しみから救ってくださいます。また、福徳智慧のある男児や、端正にして人に愛敬される女児を得ることが出来ると信仰されています。

 

方丈(重要文化財)

剣豪・宮本武蔵も修行をした精神修養の場

応仁の乱後、1597年に再建された方丈。禅と剣の道には精神的な共通点があり、江戸期には宮本武蔵もここに居して修行に励んだと伝われています。

元信の庭(史跡名勝・枯山水庭園)

白砂と石組で表現された禅庭の観念的な世界

室町期の画聖・狩野元信が作庭した枯山水庭園。庭の背景には常緑樹を主に植え、一年中変わらぬ「不変の美」を求めたものと考えられています。

 

陽陰の庭(枯山水庭園)

敷砂の対比と石使いの調和

敷砂の色が異なる2つの庭は、物事や人の心の二面性を伝えています。影の庭に8つ、陽の庭に7つ、合計15の石が配されています。

陰の庭

 

 

陽の庭

 

あずまや

つくばいと水琴窟

 

人々に癒しを与える音としても注目を浴びている水琴窟。「つくばい」の下深く底を穿った瓶を伏せ込み、手水に使われた蹲(つくばい)の水が瓶に反響して妙なる琴の音のように聞こえます。肝心な水琴窟の撮影を忘れていました。

余香苑(昭和の名園・池泉回遊式庭園)

四季の彩りが美しい昭和の名庭

なだらかな勾配の「余香苑」は造園家の中根金作氏によって設計され、昭和40年に完成後、昭和の名庭と謳われるまでに成長しました。桜、蓮、楓など、一年を通して華やぐ庭園の中心には瓢鮎図にちなみ、ひょうたん池が配され、池のせせらぎや水琴窟、鹿威しの音色が響きます。

 

 

まちあいと藤棚

茶席 大休庵

庭園をのぞむ優雅な休息を

余香苑の奥にある茶席では、庭園を鑑賞しながら抹茶をご賞味できます。

つくばいと水琴窟横の売店で、販売しています。抹茶(瓢鮎菓子付)一服500円

 

もと来た道を戻り、出口に向かいます。陽陰の庭をでて突き当たると、帰り道の方から出ます。

水子観音

まとめ

人も多くなく落ち着いた時を過ごせました。広大な敷地の中に46の塔頭(たっちゅう)があり、圧巻されました。拝観は20分間隔ぐらいで2か所(法堂、大庫裏を案内してくれるそうです。法堂では天井に描かれた龍の説明と国宝の梵鐘説明、場所が変わって大庫裏(お寺の台所)の説明など。20分待たなければならなかったため拝観はやめました。天井の雲龍図・国宝の梵鐘は見てみたかったですね。退蔵院も11月に来れば楓の紅葉で大変きれいでしょう。

また、妙心寺経堂から東林院までの道並みがとても美しいです。ご覧ください。

 




 

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