浄土真宗|最初から救いが約束されている「絶対他力」の教え

仏教

浄土宗と間違われる方も多いと思いますが、浄土真宗もよく聞く宗派だと思います。もともと宗祖の親鸞聖人は浄土宗の法然上人の弟子として、厚く慕っておりました。浄土宗との違いといえば、念仏をとなえなくても(みずから救いを求めなくても)、阿弥陀如来が救ってくれるという「絶対他力」の教えを説くことでしょうか。

浄土真宗とは

宗祖/親鸞(しんらん)

日本伝来/1224年頃

主な経典/『阿弥陀経』『無量寿経』『感無量寿経』

おとなえ/南無阿弥陀仏

本尊/阿弥陀如来

大本山/本願寺、東本願寺(京都市)など

特徴/みずから救いを求めなくても、阿弥陀如来が救ってくれるという「絶対他力」の教えを説く。修行も必要とせず、「南無阿弥陀仏」ととなえるのは阿弥陀如来に感謝を示すための行為とする。

 

法然の弟子として布教

浄土真宗は浄土宗から生まれた新しい宗派です。現在の信徒数は約1200万人で、十三宗派のなかで最多。浄土真宗だけでも10派に分かれており、それぞれに本山があります。たとえば本願寺派は西本願寺、大谷派は東本願寺を本山としています。
宗祖の親鸞は9歳で出家して比叡山に上った。そこで20年間も修行を積んだが、比叡山にいても求めるものが得られないと考えて山を下りる。そしてちょうど専修念仏の布教をしていた法然のもとを訪ね、弟子になりました。

 親鸞法然を厚く慕い、一緒に専修念仏の布教活動に身を投じた。浄土宗の紹介でも触れましたが、専修念仏を推す法然は既存の仏教界から激しい弾圧を受けており、法然が四国へ流罪になると同時に、親鸞も越後(新潟県)へ流されてしまいます。

放免された後も親鸞は京都へ戻らず、布教の拠点を関東に移し、常陸国(茨城県)で約20年にわたり布教に努めた。60歳をすぎた頃に京都へ戻り、著述活動に専念して90歳の天寿をまっとうします。この時点ではまだ、浄土真宗としての布教は確立していませんでした。親鸞は生涯、法然の弟子としての意識しかなかったのです。つまり教団化したのは親鸞の没後となります。親鸞の霊を祀るために建てられた廟堂がのちに本願寺として独立し、そこを拠点に教団化していったのです。本願寺はやがて戦国時代の抗争に巻き込まれ、江戸時代の始めに西と東に分裂します。これが西本願寺の本願寺派と、東本願寺の大谷派の始まりとなったのです。

念仏をとなえる必要もない

浄土真宗の教義の基本は「絶対他力」にあります。浄土真宗のもとになった浄土宗では、念仏をとなえるだけで救われるとしていますが、浄土真宗ではそれさえも必要としない。ただ、阿弥陀如来という「他力」を信じるだけで、「絶対」に救われるという教えなのです。

しかも阿弥陀如来を信じる心さえも、生まれもって阿弥陀如来から与えられているといいます。つまりすべての人々は、最初から救われることが約束されているというわけです。

浄土宗を含め、多くの仏教諸派は『般若心経』をとなえますが、以上の理由から浄土真宗ではとなえません。『般若心経』をとなえることは、人間がみずから救いを求める行為なので、浄土真宗の教えと相容れないのです。念仏をとなえることはあるが、それはあくまで阿弥陀如来に感謝の意を示すための行為としています。

また、お葬式の場でも、故人の成仏を願う供養は行いません。故人はすでに阿弥陀如来によって成仏しているので、今さら生きている者が成仏を願う必要はないと考えているからです。そのため、供養を願う卒塔婆を墓に立てることもしません。

これだけでも革新的なのに、親鸞は「悪人正機説」という驚愕の教えも説いています。これは、阿弥陀仏の本願は悪人を救うためのものであり、悪人こそが、救済の対象だという考え方で衝撃的なものです。親鸞にとって善人は善行に励み、厳しい修行を重ねる者。つまり阿弥陀如来に身を委ねていないのに救われるのだから、善行を積まない悪人=凡人なら、自分の無力さからもっと真摯に阿弥陀如来に身を委ねるはず。そういった者こそ救われるという意味で使っているのです。絶対他力を説く浄土真宗ならではの考えです。

東本願寺では、参拝接待所ギャラリーで「親鸞聖人のご生涯」のビデオ上映が開催されています。より詳しくわかります。

浄土真宗の本尊である阿弥陀如来を祀ってみませんか?

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