法相宗|すべては「識(心)」で生み出される。

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仏教

南都六宗の一つである法相宗の紹介をします。

法相宗とは

宗祖/道昭

日本伝来/660年頃

主な経典/『解深密教』『成唯識論』

本尊/薬師如来を祀る寺院が多い

大本山/興福寺(奈良市)、薬師寺

特徴/視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感に「意識」を加えた六識と、「末那識」「阿頼耶識」の二識を加えた八識で世界を認識する唯識論。それを理解することが悟りを開く一歩となる。「ただ(唯)心(識)だけが世界に存在する」

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三蔵法師の弟子が開く

奈良時代にはまだ、日本独自の仏教宗派が存在していなかった。当時の僧たちが学んでいたのは中国から伝わってきた「南都六宗」と呼ばれる6つの宗派でした。そのうちの一つが、法相宗です。
法相宗の始祖は玄奘三蔵西遊記』の三蔵法師で知られる僧です。西遊記では三蔵法師役で故夏目雅子さんが演じていましたね。玄奘は7世紀初頭に中国からインドへ渡り、多くの経典持ち帰ってきた。帰国後の玄奘は、持ち帰った経典の漢訳に励む。そのなかのひとつ、『成唯識論』という論典を拠り所にして法相宗を開いたのが、玄奘の弟子の慈恩大師となる。
法相宗が日本に伝わったのは653年。道昭という僧が遣唐使として中国に渡り、玄奘に直接師事した後、日本で広めた。つまり法相宗の基盤をつくった始祖が玄奘で、宗派として興した宗祖が慈恩大師。それを日本に伝えた道昭は、伝祖と呼ばれています。
法相宗は南都六宗のなかで最も早く日本に伝わり、元興寺を中心に隆盛を誇りました。そのためここで広まった法相宗を「元興寺伝」と呼びます。その後、ほかの僧が中国で法相宗を学び、元興寺とは別の興福寺でそれを広めました。こちらを「興福寺伝」と呼びます。やがて元興寺伝は興福寺伝に吸収され、興福寺が法相宗の本山となりました。

十人十色の世界がある

法相宗が拠り所としているのは、『成唯識論』と『解深密教』。どちらも「唯識」という概念についてまとめたものです。つまり法相宗とは、「唯識」に焦点を当てた宗派ということになります。「唯識」とは、一切の対象は心の本体である識によって現し出されたものであり、識以外に実在するものはないということ。

ただ(唯)心(識)だけが世界に存在する

一般的に人間は世の中にあるものを認識するとき、目で見たり、耳で聞いたり、肌で感じたりなど、目耳口鼻肌の5つの感覚器官を通して認識します。だからこそ、すべてのものは体の外、もっと言うなら心の外にあると考えてしまいます。

しかし、唯識はそうではなく、あらゆるものは心の中にあると考えるのです。つまり、存在しているものがそこにあるから見えるのではなく、見ようとする「心」が働くからこそ、対象物がそこに存在している、としているわけです。
さみしいときに夕焼けを見れば、せつない気持ちになり、うれしい時に見れば、ただ美しいと感じる。10人いれば、10通りの世界が存在するのです。このように同じものを見たとしても、人の個性や状況、経験によって見え方や感じ方が違ってきます。
このような認識の差は人間の五感に「意識」を加えた六識と、さらにその奥の無意識のなかにある「末那識」(まなしき)「阿頼耶識」(あらやしき) といった二識が加わることで成り立っているという考え方。これが唯識の思想です。

末那識」と「阿頼耶識」どちらも、無意識に属するものです。

末那識」とは、仏教用語で「意という識」を意味する。「阿頼耶識」とは、仏教用語で「よりどころの意」。
人間が悟りを開くためには、この唯識を正しく理解して、自己変革をしていかなければならない。その修行の第一歩は、自覚できる「意識」の世界で心を正しく保つとことから始まる。そうすることで「末那識」も清浄になり、そのほかの識も変わってくるとされいるが、奈良時代の僧たちはその修行をしたり、教えを広めたりするよりも、唯識理論を理解するための研究に重点を置いていたとされています。

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