高さ日本一の木造五重塔を擁す!東寺(真言宗総本山)

旅行・観光

行った日:2019年8月31日(土)

京都駅近くの新幹線から五重塔が見えますが、そのお寺は東寺です。まさに京都の玄関口にあるお寺ですね。
しかも、日本一の高さを誇る木造の五重塔です。京都駅の西側にありますが、『東寺』ですね。平安京が基点となります。

東寺真言宗総本山 教王護国寺

慶賀門

京都のシンボルマークのひとつともいえる五重塔を境内に持つ東寺。
もとは、平安京の鎮護のために、都の正門・羅城門の東西それぞれに建てられた東側の宮立寺院で、現存する唯一の平安京の遺構です。創建は、平安京造営の2年後、796年。823年に嵯峨天皇が、唐から戻った弘法大師こと空海に与え、以後、真言密教の根本道場となりました。東寺は真言宗の総本山です。

当時の正門は、南大門。幅約18メートル、高さ約13メートル、彫刻が精緻に施された桃山文化の特徴がみられるもので、1895年に三十三間堂から移築されたものです。この南大門から、金堂、講堂、食堂が一直線に並んでおり、この伽藍配置は創建時から変わっていないという。

創建後、最初に建てられたのが金堂。1486年の土一揆で焼失するも、1603年、豊臣秀頼の寄進によって再建されました。宋の影響を受けた天竺様と日本固有の和様を合わせた桃山文化の特徴が見てとれます。
そして空海自身によって建立されたのが講堂。金堂同様、1486年の土一揆で焼失したが、すぐに再建。現在に至る。真言密教の教えを広く伝えるべく、その中心的な場としてつくられたもので、堂内には、その教えを視覚的に表した「立体曼茶羅」がある。大日如来を中心にして、21の仏像が並ぶその様子には、ただただ圧倒されます。

空海が次に着手したのが、五重塔。これまでに4度焼失しているが、その都度、再建。現在のものは、1644年に徳川家光の命によって建立されたものです。高さは54.8メートルで、木造のものとしては、日本一の高さを誇っています。

開門時間、拝観時間

午前5時 開門、午後5時 閉門

 

拝観時間 金堂、講堂
午前8時〜午後5時(午後4時30分 受付終了)

拝観料 御影堂、食堂などの拝観は無料です。金堂・講堂・五重塔は大人500円。

 

宝蔵

京都駅から、徒歩で約15分。慶賀門から入って左側すぐにあるのが『宝蔵』です。

弘法大師こと空海が唐の国師、恵果けいかから授かり、現在、国宝となっている密教法具や両界曼荼羅りょうかいまんだら犍陀穀糸袈裟けんだこくしのけさ、仏舎利、五大尊ごだいそんなど数多くの寺宝を納めていました。そのため、周囲は堀で囲まれ、火事による延焼に備えていました。

初夏には蓮の花が一面咲き誇り、宝蔵を一段と美しく包んでいます。

食堂

食堂と書いて「じきどう」と読みます。

食堂の建立は、平安時代。本尊は、約6メートルの千手観音菩薩でした。足利尊氏が東寺に本陣を置き、この食堂に居住していたこともありました。いまの建物は、昭和5年、1930年に焼失後、3年間の工事を経て完成。堂内には納経所があり、多くの巡礼者の祈りの場にもなっています。

食堂で御朱印を授かることができます。御朱印は弘法大師です。

食堂前には、夜叉神堂(やしゃがみどう)があります。

最初は、南大門の左右に安置されていたそうですが、旅人が夜叉神堂を拝まないで通ると罰が当たったとされ、現在の場所に移されたそうです。歯痛を治して下さると親しまれているそうです。

これより、有料拝観となる金堂・講堂・五重塔を見に行きます。拝観料大人500円です。

瓢箪池から望む五重塔も格別です。

五重塔(国宝)

東寺の象徴として広く親しまれている五重塔は、天長3年(826年)弘法大師の創建着手にはじまりますが、雷火などによって、焼失すること4回におよんでいます。現在の塔は正保元年(1644年)徳川家光の寄進によって竣工した総高55mの、現存する日本の古塔中最高の塔です。
全体の形もよく、細部の組ものの手法は純和様を守っており、初重内部の彩色も落着いて、江戸時代前期の秀作です。

金堂(国宝)

金堂は東寺一山の本堂です。文明18年(1486年)に焼失し、今の堂は豊臣秀頼が発願し、片桐且元を奉行として再興させたもので、慶長8年(1603年)に竣工しました。天竺様の構造法を用いた豪放雄大な気風のみなぎる桃山時代の代表的な建築ですが、細部には唐・和風の技術も巧みにとり入れています。

金堂の中にも入れます。(撮影禁止ですが)

薬師三尊・十二神将(重要文化財)

金堂本尊の薬師如来坐像と日光、月光の両脇侍菩薩像が安置されています。光背上には七軀の化仏を配して七仏薬師をあらわし、台座の周囲には十二神将像を配しています。これら三尊像は桃山時代の大仏師康正の作で薬師信仰の形をとどめています。


講堂(重要文化財)

講堂は、天長2年(825年)弘法大師によって着工され、承和2年(835年)頃には完成したといわれています。その後大風や地震で大破し、度々修理を重ねてきたが、文明18年(1486年)の土一揆による戦火で焼失しました。現在の講堂は延徳3年(1491年)に再興された建物で、旧基壇の上に建てられ、様式も純和様で優美な姿を保っています。

講堂も中に入れます。

立体曼荼羅

堂内の白亜の壇上には大日如来を中心とした五智如来をはじめ、五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天の二十一軀の仏像が安置されています。これは弘法大師の密教の教えを表現する立体曼荼羅(密教厳浄土の世界)です。
中でも平安時代前期の十五軀はわが国の密教彫刻の代表作です。

中心に如来部、右側が菩薩部、左側が明王部で配置されています。
如来以外の五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天は国宝に指定されています。
如来は重要文化財。



御影堂(大師堂)

残念ながら修復工事中でした。

御影堂は伽藍の西北部にあり、弘法大師の住房で、大師の念持仏、国宝・不動明王像(秘仏)一軀が安置され不動堂ともよばれていました。
康暦元年(1379年)焼失しましたが、その翌年には再建され、さらに十年後の明徳元年(1390年)には北側に国宝・弘法大師像を拝するための礼堂と中門を加え現在の姿となりました。
堂内には不動明王と弘法大師像が祀られ、弘法大師信仰の中心となっている御堂です。

上の写真は毘沙門堂です。
毘沙門堂は、兜跋毘沙門天像(国宝)を安置するために建てられた堂。
兜跋毘沙門天像は、弘法大師が中国・唐で手に入れたもので、939年(天慶2年)の平将門の乱の際に都の守護神として羅城門の上層に安置されたが、978年(天元元年)の台風で羅城門が倒壊した後、東寺に移された。
その後、食堂に安置されたりしていたが、1822年(文政5年)に毘沙門堂が建てられました。
(※現在は宝物館に安置されている。)

 

大日堂

大日堂は、東寺のなかで、一番新しいお堂で、もともとは、江戸時代、御影堂の礼拝所でした。
その後、桓武天皇、嵯峨天皇をはじめ足利尊氏などの位牌を納める尊牌堂そんぱいどうとなり、さらに大日如来を本尊としたことで、大日堂となりました。
いまは、先祖供養などの回向所えこうじょとなっています。




まとめ

東寺には、金堂、講堂に、大日如来五菩薩五大明王四天王梵天帝釈天の二十一軀、師如来坐像日光菩薩像月光菩薩像等多数の仏像が安置されています。一目で見て圧巻の一言です。これらの仏像の表情には、様々な意味が込められています。それらを感じ取る楽しみもあります。ぜひ拝観してみてください。

京都の歴史・文化を学び、いますぐ旅に出よう!


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